9年が過ぎた
今年も少し遅れてしまったがアップします。
9年が過ぎた。今年は新型肺炎のことが話題関心ごとになっていて、例年に比べて特番なども少なくなり、また報道番組でも取り上げられる量が減っている印象がある。だが、今年だけのことなのだろうか。やはり時間が経つと少しずつ人々の話題に上がる量が減っていくのではないか、と思う。たしかに、忘れていくということは避けられないし、忘れて次のステップに進むべきという考え方もあるし、このあたりは人それぞれなのだから。
でも、東日本大震災は、いろいろな意味で忘れてはいけないことだと僕は思っている。
大地震や津波という天災でもあったのだが、人災とも言える事象だったから。もちろん、当時、現地で必死に頑張った人たちもいるし、サポートした人たちもいるし、今でも復興に尽力している人たちもいる。でも、おそらく、僕を含めた人々の意識や行動が少し違っていたら、多少とも被害が少なかったのではないか。
最近、映画が公開され、観客動員も多くて大ヒット作と言われているし、有名人の「2時間、泣きました」というような旨のコメントも目にする。僕は実は映画は観ていないのだが、かなり前に原作は読んだ。現場の人たちの「命をかけて日本を救った」ことを理解しているし、彼らの矜持というものに心が震えた。でも、何か違和感があったのだ。当事者たちへの取材をもとに製作されたと言われているが、本当なのだろうか。一部は想像で描かれていて、ことさら「悪い人」のように描かれていないか。映画なので、起きた事象の全てを描けないくことはわかっているが、事実と大きな乖離があったり、大事な部分が欠けていたりするのではないか。そういう意味で、なんとなく「フェアじゃない」気がするのだ。もちろん、フィクションに「フェア」を求めるのは筋違いだと思うし、あのような状況の中で何とか事態を収束させようとした人たちは本当に称賛に価すべきだと思うが…。
観終わった時にどんな気持ちになるのだろう。僕は、東日本大震災について、ずっと「自分も加害者のひとりだったのだ」という気持ちを持っている。原子力発電に対してあまりにも無知だったし、ちゃんと知ろうとしなかったし、「安全神話」を何となく信じていた。でも、未知のウィルスと同じように「人間のチカラではコントロールできない」リスクがあったのだ。そんなことを考えたりしなかったし、過去の原子力発電の増加を無意識に許容していたし、世の中の流れについて「ちょっと待てよ」と思うこともなく、何のアクションもしなかったのだ。
大事なことは「忘れない」こと。そういう意味では映画が公開されたことは良いことだ。ただ、タンクにたまった水の処理は喫緊の課題になっているし、廃炉までのプロセスは今後もずっと続く。3月11日の14時46分に黙祷した。おそらく多くの人が黙祷したと思う。そのときに、どのようなことを思うのか、が大事なのだ。
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8年が過ぎた
8年が過ぎた。
このブログをアップするのが2日遅れた。
3/9(土)に「ETV特集 誰が命を救うのか 医師たちの原発事故」という番組があって、
当時の現地の医師たちのリアルな状況が明かされていた。それはひとことで言うと
「忙しいとか言っていられない。みんなが忙しい中でできる範囲のことを、あるいは
できる範囲を超えたことをやっていた」ということ、さらに言えば「死を覚悟してやっていた」と
いうことである。だから自分が多忙だったということを言い訳にしていたことを恥じている。
8年も過ぎると報道などの総量が減ってきている。もちろん暗いムードから復興の明るいムードに
変えていきたいということも理解する。とは言え、僕は「忘れてはいけない」と思う。だから
このブログを毎年アップしている。
震災当日、僕はいわゆる帰宅難民となってホテルグリーンタワー幕張のロビーで一夜を明かした。
震災5年後の3/11にホテルに御礼の手紙を出したところ、支配人からとても丁寧な返信をいただいた。
10年後の3/11にもホテルに御礼の手紙を出すつもりである。
人生は選択の連続である。人々はいろいろな価値観があり、その選択も異なるだろう。
経済学的に言えば、人々は合理的な判断をすることで需給や価格が適正化されると言われている。
だが、人は時に理屈に合わないことや感情的な行動をしてしまうこともあるし、そもそも合理的な
判断というのは短期間での損得勘定による部分が大きく、長期的な視点や倫理的な視点は大きくないと
想定される。
時代とともに技術革新は進んでおり、さらに人工知能が人類を越える「シンギュラリティ」という
言葉も話題になっている。その技術革新により、私たちの生活は便利になり、情報も手軽に入手できる
ようになっており、また省力化も進んでいる。でも、その技術革新の中に潜む潜在的なリスクを私たちは
ちゃんと把握できているのだろうか。想定外という言葉で微小なリスクに目をつぶっていないだろうか。
不作為ということになっていないだろうか。
AIの分野でも「教師あり学習」とうものがあって、AIが大量のシミュレーションを繰り返していく過程で、
正解である「教師=人間の判断」との乖離を少なくしていく作業なのだが、その「正解」は本当に
正解なのだろうか。またディープラーニングのプロセスは全てを解明することもできない。
復興は進んでいる。でもその復興制度の網の目からこぼれ落ちている人たちもいるかもしれない。
原発事故の処理も進んでいる。でも今後の見通しは明確に語られてはいない。
世の中が大きなイベント等で明るくなっていくことはいいことである。
ただ、人間はときに間違いを起こすものであり、その失敗から何かを学んで生かしていくことも重要である。
そうやって歴史は作られてきた。そういう意味では歴史は人類の間違いを確認するための、言い換えれば
教訓の材料かもしれない。
震災について何を教訓とするべきなのだろうか。そして私たちは本当に教訓としているのだろうか。
僕は何を教訓とするべきなのか未だにわからない。ただ、「忘れない」とうことだけである。
あのようなことが起きて、あのような状況になって、今でも影響が残っていることなのだから。
「復興」は言葉の通り「ふたたび興す」ということである。実際にインフラを含めて整備され豊かになって
欲しいと思っている。だが、失われたものは戻ってこない。被災者の人たちにとって、あの時の「大きな喪失感」は残り続けるのではないか。そのことからも「忘れない」ということが教訓の第一歩なのではないか。そこからどのように考える、行動する、ということは「それぞれ」なんだろうと思う。
7年が過ぎた
7年が過ぎた。
今日だけはテレビも新聞も東日本大震災を取り上げている。
復興が進んでいるという話もあるのだが、今でも仮設住宅に住んでいる人もいるし、
帰りたくても帰れない人たちもいる。
よく「道半ば」という旨の言葉が使われているが、この道はゴールはない。
失われたものは返ってこない。新しい堤防や施設が完成したとしても、
それは新たに作られたものであり、震災前の生活が戻ってくるわけではない。
ある日、何の前触れもなく、突然、自分の大切な人やモノが、理不尽で暴力的な何かに奪われる。
そこに理由はない。何か悪いことをしたわけでもなく、普通に暮らしていたのに…。
正直なところ、僕は、この件について「何を教訓にすべきか」がわからない。
もちろん、災害に対する備え、とか、その日その日をしっかり生きる、とか、あるのだろうが、
「自分ごと」として、あのようなことに対する「心の備え」になるような教訓は思いつかない。
だから、少なくとも「忘れない」ということだけを考えている。
14:46に黙祷することが重要だと思っている。
1年に1回くらいは(あるいは8/15と3/11の2回だけは)、「忘れないための黙祷」をすることが、
亡くなった人たち、心に痛みを残したまま頑張っている人たち、
当日夜に帰宅難民となった僕たちを泊めてくれたホテルグリーンタワー幕張の人たち、
そういう人たちのことを想う時間を作る、ということが僕にとっての「教訓」なのだ。
では、できることは、何だろうか。
今でもボランティア活動や支援活動をしている人たちがいる。
そういうことをずっと継続している人たちは、素晴らしい、本当に頭が下がる。
これも、今後、何十年にもわたって続く「道」である。しかも、その道筋もゴールもちゃんと見えていない。
こちらは「震災」ではなく「人災」である。国会の事故調査委員会でもそういう結論になっている。
当事者が誰なのか、どういう責任があるのか、どのような裁き方になるのか、ということはわからない。
ただ、原子力発電についてあまりに知識が乏しく無自覚であった僕は、加害者の一員である。
昨今、人工知能が囲碁や将棋で人間に勝つ、といったニュースがあった。
自動車の自動運転関連技術も進歩している。
植物(や動物)の遺伝子解析も進み、遺伝子組み換えもおこなわれたりしている。
おそらく、今後、いろいろな分野で人知を超えた技術(や知能)が出現していくだろう。
そのなかで、人間がコントロールできない、あるいは潜在的な大きなリスクを内包するような技術もあるだろう。
その場合、「リスクテイクして進む」のか「やめる」のか、これは、経済合理性という視点だけでなく、
ある意味で「倫理的」な課題と捉えて考えるべきである。
これも東日本大震災の教訓なのかもしれない。
anone「第5話」まで観て
もともと本作は「生きることの意味とは?を問う」というコピーが掲げられていた。
第5話にて、舵(阿部サダヲ)が
「思い残すこととか欲しいですね。思い残すことがあるって、それが生きる意味なのかなって。」
と言ったところで、亜乃音(田中裕子)が言う。
「生きなくなっていいじゃない、暮らせば…。暮らしましょうよ。」
亜乃音にとっては、「生きる」と「暮らす」ではニュアンスが違うのだ。
亜乃音もハリカ(広瀬すず)もるい子(小林聡美)も舵も、「悲しいこと」を抱えている。
親しい人に疎まれたり、大切にしていたものを失ったり、自分が何か欠けていることを突き付けられたり…。
振り返ってみても「いい人生」ではなかったし、これからも「いい人生」になると思えない。
生きていくことに喜びや意味(や価値や目的)を感じられない日々を4人は過ごしていた。
それが「暮らす」ということなのだ。
誰かに迷惑をかけているわけではないが、誰かの役に立っているわけでもない。
ある日、いきなり、いなくなっても、あるいは死んでしまっても、悲しむ人もいない。
もしかしたら社会から、自分の存在を認知されていないかもしれない。
何もかもどうでもいい、話す相手もほとんどいない、もう死んでもいい、そんな思いで過ごしていた無為な日々だった。
そんな4人だが、それぞれ、ちょっとだけ、やろうかなと思うことができた。
亜乃音はハリカをとりあえず守ってあげたい。
ハリカは彦星さんの高額医療費を何とかしたい。
舵は残り少ない人生のなかで何かをしておきたい。
るい子は妙な誘拐事件で失わせてしまった亜乃音のお金を何とかしたい。
特に大きなことをやろうとしているわけでもないし、できるかどうかわからないし、できたとしても大したことではないのだが。
少なくとも「今ここで、死ぬわけにいかない」と思うようになったのだ。
これが「生きる」ということなのかもしれない。
病院の外で彦星の病状を心配するハリカ。
そこへ駆けつけた亜乃音は、「何もできない」と自分の無力を訴えるハリカに言う。
「大事な人なんでしょ。ここにいなさい。何もできなくていいの。その人、想うだけでいいの。」
坂本裕二の作品では、しばしば「努力は報われない」「想いは伝わらない」という諦観を提示したうえで、
「努力は報われるかもしれない」「想いは伝わるかもしれない」ということが表現される。
彦星がポイントカードでスタンプを貯めようと思ったこと、そして明日のことを考えるようになったことは、
ハリカの想いが通じたということなのだ。
たしかに御都合主義と言われるかもしれない。だが、時にはこういうことがないと、人は頑張れることができない。
『それでも、生きてゆく』で洋貴(瑛太)は双葉(満島ひかり)に言う。
「希望って、誰かのことを想う時に感じるんじゃないかなって。希望って、誰かに会いたくなることなんじゃないかなって。」
そして、最後は二人のモノローグのやり取りで終わる。
「私が誰かと手をつないだその先で、誰かがあなたの手をつなぎますように。」
「つないだ手に、こめた思いが届きますように。」
生きる意味とか、生きる価値とか、それがどういうことか。
このドラマで坂元裕二がどのように表現していくのか、とても楽しみである。
「カルテット」第9話を観て
これまでも、いろいろなことが明らかになってきていたが、
最終章(前話)ということで、大ネタというか種明かしだった。
別府は家族のなかで落ちこぼれ。
すずめは父親が失踪して母親も亡くなって親戚でもたらい回し。
そこで真紀。そもそも、幹生との結婚でも「家族を求めていた」ことが強調されていたが、
その気持ちの背景が明らかになった。また、バイオリンをやめて家事に専念していた理由も…。
すずめの「すっごくどうでもいい」あたりからのセリフと演技がホントに良かった。泣きそうになった。
坂元裕二の脚本はやっぱりステキだ。
ちゃんとつながっている。全てのセリフ、小道具、ネタ、音楽に意味があり必然性がある。
第1話から全話を通じて、伏線があり、それが回収される。
そもそも、4人とも社会人としてはダメな人間として描かれている。
でも、音楽家としてはそれなりの人たちである。
そういった共通点があるだけでなく、さらに重要な共通点は、おそらく
「本当の家族」と呼べる人がいない、そういう人生を過ごしてきた、ということである。
カルテット・ドーナツホールは音楽家として有名になることがゴールではない。
すずめが言う「一度でいいから大きなホールで演奏してみたいですね」というレベルなのだ。
同じような「想い」「感覚」「趣味嗜好」を持つ仲間と一緒に
ドラクエのように前に歩んでいくことが重要であり、「咲いても咲かなくても花」なのだ。
4人とも「やり直しスイッチ」は押さない。これからも押すつもりはない。
そもそも唐揚げレモン問題(不可逆性)、ドミノ倒しのように、後戻りはできない。
心が動いたら、前に進む。好きになったとき人って過去から前に進む。
「いい人か悪い人か」という二元論的に分けることではなく、見方によって解釈は異なる。
はっきりしないことだってある。白黒つけずに「グレーのまま」のことだってある。
人生だって、ちゃんとしなければいけない、というものではないのだ。
「孤独死上等」と言っているけど、こんな仲間がいれば孤独死はしない。
この4人がカラオケボックスで出会ったのは、偶然ではなく運命だったのだ。
いろいろな事情や理由があったものの、本質的には出会うべくして出会ったのだ。
いよいよ最終回。
家森の過去やカラオケボックスで真紀を待っていた本当の理由、
そして、すずめの過去ももう少し明らかになるかもしれない。
個人的には、第2話の菊池亜希子と松田龍平の明け方シーンが一番印象に残っている。
それがあたしと君のクライマックスでいいんじゃない? 」
セリフも画角も撮り方も色合いもステキだ。できれば最終回は土井裕泰に演出して欲しい。
第9話の冒頭のアウトレットのシーンで、真紀は自分の誕生日を8月10日とすずめに言った。
そしてノクターンでの演奏後にすずめに誕生日を改めて問われた時、山本彰子の誕生日である
本当の誕生日(6月1日)を答えた。
1年後の6月1日に何が起きるのか、3/21の最終回に向けて、ミゾミゾしている。
6年が過ぎた。
6年が過ぎた。
あれから、もう6年になっていると思うのか、まだ6年と思うのか、さておき。
もう6年も過ぎているのに、原発の内部は詳しくわかっていない。
廃炉へのプロセスも実現性がわからない。
人類が今まで経験したことがない規模の事案なのだ。
近づいて実状を把握したりすることもできない。
参考にすべき対処法もなさそうで、これから解決法を開発するようなものだ。
ひとことで言うと、この事案を人類はコントロールできていないのである。
このようなモノを推進してきたパワー(やシステム)の是非はともかく、
それを容認していた(是認していた)自分が、これから何ができるのかわからない。
何もできないかもしれない。その勇気も決断もできない。
僕はおそらく加害者の一派なのだ。これまでも、これからも。
6年も過ぎているのに、仮設住宅に住んでいる人たちも多い。
東北の復興は、土地の整備やインフラ整備も含めて進行中である。
これから、とも言える。まだ6年なのだ。
人々が、次の世代の人たちが笑顔で暮らせるようになるのは、まだまだ先の話なのだ。
約2万人の犠牲者が出た震災だったのだ。
そして今でも、これからも、課題が残る事案だったのだ。
今年も1分間の黙祷があった。
「忘れない」という気持ちや意志を表す行為として、これからも続けていきたい。
そんなことしかできない自分なのだが…。